1950年代から、日本の人口は高度経済成長の流れとともに右肩上がりで増えました。しかし今後、日本人口の構成は大幅に変化します。国交省は、今後100年間で日本の総人口が1/3になるだろうと予測しています。これはちょうど100年前の日本とほぼ同じ。明治後半くらいの人口になるということです。世界に例を見ないスピードで人口が減少し、その一方で超高齢化が進む日本では、東京や大阪などの大都市圏を中心に高齢者人口が増え続け、まもなく介護施設が不足するでしょう。いわゆる「介護クライシス」と呼ばれる状況です。
日本のみならず、世界でも人口構造の変化や高齢化率の上昇という問題は起こっています。2015年、世界の総人口は約73億5千万人ですが、2060年には100億人を突破。総人口に占める65歳以上の割合、すなわち高齢化率も上昇すると見られていて、2015年の5億8000万人から、2060年には18億1000万人になるだろうとされています。
こうした「グローバルエイジング」という現象が世界の各地で始まるなか、他国に先駆け、いち早く超高齢社会に突入した日本が、世界のモデルケースとして機能できるか。ここに、世界は注目しています。確かに、「福祉が破綻する」「高齢化が進む」という悲観の声も聞かれます。しかし、未来を悲観しても幸せな社会は築けません。それならば、いまこそ医療や福祉の分野でイノベーションを起こし、より幸せで豊かな世界に変えていく。
「超高齢社会を、超幸齢社会にデザインする」。
私はこのような思いを胸に、これからの長寿社会をデザインしていくべきだと考えます。
イノベーションをおろそかにする団体は、確実に負ける。これは、どの業界でも共通する事実でしょう。私は、長くF1の世界で挑戦を続けてきましたが、F1にも多くのイノベーションが見られます。たとえば、レース中に競技車両の調整を行うピットストップ。1950年のレースでは67秒もかかっていましたが、テクノロジーの革新とヒューマンスキルの向上によってどんどん縮まり、2006年ごろは6秒、2013年は3秒、そして今やわずか2秒です。この時間短縮は、レースに活気と勢いをもたらしました。これほどまでのイノベーションと、それに伴うレースの変化を、60年前のF1チームはまったく想像できなかったはずです。
F1と医療福祉。まったく縁がなさそうなふたつの領域で、奇しくも私はイノベーションのありさまを目の当たりにしてきました。F1では、イノベーションの壁を突破することができず、レースから脱落していったチームを、僕はいくつも見てきました。同時に、医療福祉の現場でも、社会に役立つ活動をしながらも、旧態然とした体制を固持し続けたあまり、時代遅れになっていく団体も残念ながら見てきました。僕らがイノベーションを語るときに忘れてならないのは、イノベーションは単なる技術革新ではないということです。ミッションとイノベーション。この二つがそろって、初めて世界は変わるのです。
戦後の20世紀の日本は、資本主義のなかで、一気に成長しました。それは、ものや富が増えていくことが幸せにつながっていった時代でした。しかし、日本が豊かになった一方で、逆に失ったものや変化したものもあるのではないでしょうか。その一つが、「幸せ」の価値観です。一体、幸せとは何なのでしょう。何が基準となって、幸せかそうでないかが決まるのでしょうか。確かに、所得格差が幸福度に影響を与えることもあるでしょう。多くの人が、人生の目的として富と名声を望みます。富や財産は人生により多くの選択肢を授けてくれますから、その意味でいえば、日本は幸せな国であるはずです。しかし2009年、イギリスの財団が調査した世界143カ国を対象に行った地球幸福度指数では、日本は75位でした。幸せを計る尺度として、お金以外になにがあるのか? イギリスの財団が行なった調査では、幸福度を測る指針には所得のほかに「人とのつながり」もありました。つまり、誰かとつながっている感覚が、人に幸福感をもたらすというのです。
それを裏付けるような興味深い研究があります。アメリカで1938年から現在まで、約80年間続いている、「ハーバード成人発達研究」というものです。複数の研究者が「健康で幸せな人生を送るための秘訣」を突き止めるため、724人の人生を追跡調査しています。
この研究により、人間は家族や友人、地域での人付き合いもなく、社会保障という制度からも見放されたとき、本当の孤独に襲われ、そして健康を失うことがわかりました。だからこそ、医療や福祉に携わる私たちは、地域で誰も孤独にさせないということを常に考えなければなりません。
私たちさわらび会が福祉村を作ったきっかけも、一人のお年寄りの孤独死に直面したからであり、これがすべての根源であることを覚えておかなければならないのです。たとえ一人暮らしであっても、決して孤独にさせない。家族や友人、地域とのつながりを、より確実に結んでいく。
これこそ、超高齢社会が到来する社会が一丸となって目指すべき「社会福祉主義」(ソーシャルウエルフェアリズム)のあり方ではないでしょうか。
誰もが幸せに暮らせる世の中を実現するには、現場で働く一人一人のスタッフ、豊橋市や愛知県、さらには日本全国にいらっしゃる多くの医療福祉機関の皆様の協力が必要です。
ともに生きる「共生」と、 互いに刺激しあい、高めあう「競争」も大切になるでしょう。そして、「共生」と「競争」をベースに、新しい未来をみんなで創る「共創」こそ、今後、日本の福祉を大きく変える土台になり、孤独にさせない、社会とのつながりを作り続けていくのです。
人間らしく、その人の最期まで価値ある生をまっとうできることを幸せと呼ぶのなら、日本が、そして、世界がそうした社会であり続けるために、創設から55年を迎えた今、「さわらび会」はもう一度原点に立ち返り、新たな挑戦を始める時がきたと考えています。
誰も孤独にさせない、人と人のつながりをつくり、誰もが幸せに生きることができる社会を−−。
「さわらび会」はこれからも、「みんなの力でみんなの幸せを」という理念に従い、たくさんの幸せを守り続けてまいります。